« 江戸時代の福グッズ「福助さん人形」 | トップページ | 江戸時代の福グッズ「桃を持った猿の置物」 »

2012年3月 8日 (木)

江戸時代の福グッズ「招き猫」

これまでにわたくしがコレクションしている
江戸時代のオーラある福グッズを紹介するこのコーナー

なくなりそうで
まだあります

今回は「招き猫」
Manekineko
招き猫の起源は意外に浅く
嘉永五年(1852年)のようです

『増訂武江年表』の嘉永5年の項に

其の夜の夢中にかの猫告げていふ。我がかたちを造らしめて祭る時は、福徳自在ならしめんと教へけれぱ、さめて後その如くしてまつる。夫よりたつきを得てもとの家に住居しけるよし。他人此の噂を聞きて、(中略)世に行はれでいくらともなく今戸焼と称する泥塑の猫を造らしめ、これを貸す。かりたる人は蒲団をつくり、供物をそなヘ、神仏の如く崇敬して、心願成就の後金銀共の外色々の物をそへて返す。其の廛は浅草寺三社権現鳥居の傍にありて、此の猫を求むる者夥し。(中略)四、五年にして此の噂止みたり。

とあるのが起源らしい

また、文久2年(1862年)に亡くなった肥田木覚左衛門の墓から招き猫が出土したらしいので

このときの猫の置物は招き猫であったと思われます
ただ、4、5年で廃れてしまったと書いてあり

リバイバルブーム&今ほど定着
するのはかなり後かもしれません

招き猫について
詳しくは招猫研究室
をどうぞ

ちなみにわたくしの持っている招き猫は幕末頃ではないかと勝手に思ってます

実はわたくしの招き猫
貯金箱になっていまして
カラカラいうので定規を差し込んで中身を出してみると
寛永通宝一文銭が入っていたのです

ということで
まぁ幕末ぐらいはあっていいかなぁー
という
希望的観測に基づく甘い判断です

貯金箱になってたりという
造形ぐあいはもっと最近っぽさもあるのですが…

幕末にもあったかもー
\(;゚∇゚)/

招猫研究室によるとこういった垂れ目の招き猫は戦後とありますので
可能性は低いですけど…

まぁ何しろ
今モノの招き猫の変な媚を売ったカワイサはなく
キリっとした愛嬌があります

マットな黒のポッテリ感もいい味出してます

造形は型で作って
彩色は手で行われています

|
|

« 江戸時代の福グッズ「福助さん人形」 | トップページ | 江戸時代の福グッズ「桃を持った猿の置物」 »

コレクション」カテゴリの記事

コメント

>招き猫の起源は意外に浅く
>嘉永五年(1852年)のようです
 
なかなか微妙な年代に誕生した物だったのですね。
元禄文化の辺りに充分に出現していそうな感じも
しますが。
 
>カラカラいうので定規を差し込んで中身を出してみると
>寛永通宝一文銭が入っていたのです
 
これはとても素敵なエピソードですね。
一銭硬貨とか五厘硬貨とかより"一文銭"という
ところが実に素晴らしい。投入した人の性別や年齢、
生活環境を想像すると楽しいですね。
 
ウィキペディアには
寛永通宝は明治以降まで流通したとありますね。
それでもって
"垂れ目の招き猫は戦後"
ということは、、投入した人の年齢層や世代は意外と
限定されてくる感じがしますな。実に面白い。。

寛永通宝なんて今さら持っていても仕方が無い。
かといって放ってしまうのも、、懐かしいから
貯金箱の入れておきませう。
ということで明治の中葉生まれ辺りの方が
入れたのかな。

投稿: kuroneko | 2012年3月10日 (土) 午前 01時55分

>"垂れ目の招き猫は戦後"
研究し尽くされてないだけで
実はもっと前から作ってましたってこともあるかもです

と一応期待をしておきます

せめて大正ぐらいの時代はほしいところ

>懐かしいから貯金箱の入れておきませう。
一枚だけってのも不思議なんですけどね
一枚だけ出てきたんですかねー

投稿: 万物創造房店主 | 2012年3月10日 (土) 午後 09時02分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/93245/54172856

この記事へのトラックバック一覧です: 江戸時代の福グッズ「招き猫」:

« 江戸時代の福グッズ「福助さん人形」 | トップページ | 江戸時代の福グッズ「桃を持った猿の置物」 »