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2011年3月23日 (水)

朝鮮における【創氏改名】

日本式の名前や制度を強制されて
民族の文化が抹殺されたと言われている
朝鮮における「創氏改名」だが
実体は全く違うものであることがちょっと勉強するとわかる

まず「創氏」についてであるが

これは戸籍を管理するときに名字(ファミリーネーム)というものをひとつの単位として扱うという制度で
古代日本から使われている戸籍という名前がついてはいるが実体は西洋の租税管理システムを真似したもので
江戸時代までの戸籍制度とは全く違う
ゆえに
「日本式の戸籍制度が導入された」というのは間違いで
厳密には「西洋式の戸籍制が導入された」と表現するのが正しく思う

朝鮮史には「日本によって西洋式の戸籍制度が強制された」と書くべきであるが
無知なのか、日本式が強制されたことにしないとインパクトがないからか
ほとんどの朝鮮史にはそうは書かれていない

まぁ「日本に導入されてから朝鮮に持って行ったので日本式だ」
という言い方もできるかもしれないが・・・

また
なぜか無視されているのが
李氏朝鮮では両班(貴族階級)以外は奴隷身分で姓は持てなかった
(朝鮮における姓は日本とは意味が違うが)
ことである

たぶんこのあたりに触れると現韓国の闇歴史に触れることになるので、意図的に触れられていないのかもしれない

現在の韓国では100%の国民が両班の子孫を名乗り、姓を持っているわけだが
李朝初期には両班は3%ほどしかいなかった
つまり97%の人間は奴隷身分で姓を持っていなかったのである

で、李朝後期になり
金に困った王朝が両班の地位を金で売るようになり
それと同時に偽造両班証が大量に出まわり
末期には50%ぐらいが両班を名乗っていたようだ

朝鮮総督府時代の奴隷開放によってさらに増え
最終的に創氏を行ったときに
奴隷扱いされていた全てのものにまで姓が名乗れるようになったのである

また
李氏朝鮮では女性差別が強く
女性は姓だけでなく名前すらない場合が多かったらしい
そういった女性が名前を名乗れるようにしたのも
開国派と朝鮮総督府の改革と創氏である

はたして
奴隷制を崩壊させて、姓を名乗れるようにしたことは
女性を解放して、名前を名乗れるようにしたことは
朝鮮文化の破壊と言えるのだろうか?

昨今、みんなが好きな言葉「民主化」では?

ちなみに
韓国でやたらと多いのが「金李朴崔鄭」の歴史上有名な王の系譜となる名字なのだが
大陸では王朝が変わるときに王家の血筋のものはことごとく皆殺しにされるのが慣例なので
ほとんどが上記過程のどこかで勝手に名乗っているニセモノと思われる

また
この前見た
「巨大な監獄、植民地朝鮮に生きる展」に
「創氏をしましせう」チラシ↓が展示されていたが
Chirasi
これを見ると
氏を作っても行政上のことだけで、家族内の姓の違いや本願(姓の前につく出身地を表す部分)なども、そのまま使える等
事細かな説明が日本語とハングルでされており
制度を理解して届け出てもらうために色々苦労していた様子がよくわかる

また、創氏改名後も戸籍には「本貫」の項が残り、そこに元の別姓も書かれていた

確かにややこしい制度になってしまってはいるが
戸籍を作るにあたって朝鮮の文化に合わせるための苦労が端々から見える

これを見て
「朝鮮文化・家族制度の破壊」としか言えない人はいったいどこを見ているのだろう?

まぁ結局「創氏」

日本は改革派と協力して
苦労して朝鮮に合わせた西洋的・近代的戸籍制度を作り上げました

程度のことでしかない


次に
「改名」であるが
こちらは少々日本人が反省しなくてはいけない部分がある

ただ
「日本風の名前を強制された、民族抹殺だ!」というのは間違いである
ちょっと考えれば
「植民地化」と「日本風の名前」が絶対両立しないことに気付くと思うのだが
誰も気付かないのだろうか?

植民地化して奴隷化した人間になんで日本名を名乗らせる必要があるのか?
そんなことしたら
日本人と奴隷の区別ができんくなって困るだけ

ま、そんなわけで実状は逆である

先程のチラシでもわかるが
創氏時もそのまま朝鮮風の名前を使うことが前程になっていた

ところが予想外のことが起きたのである
改名制度を使って日本風の名前に変える朝鮮人が出だしたのだ

それは
日本風の名前にすると有利だったり
扱いが違ったり
そういったことが実際起こったからだろう

そして、朝鮮総督府時代から
幾度となく「日本風の名前にしないよう」通達が出ているのだが
朝鮮史として本来突っ込まなくてはいけないのは
ここ↑なのである

併合して同じ日本人と言いながら
日本風の名前に変えるのはなるべくやめてくれ
というのはおかしな話だ
日本風の名前にすれば有利になるというのもおかしい

そこには明らかに朝鮮人差別があったということである
五族協和を歌いながら差別があったのである

ただそこには日本人だけではどうしようもない部分もある
というのは
朝鮮人という民族は満人・漢人・蒙人に歴史上支配されてきた民族であり
それらの民族から常に下に見られていたのだ

元々日本人はさらにその下の位置付けの民族であったが
「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。」事件以降
中華秩序からははぐれた国になっていた

その日本がロシアに勝ち、清に勝ちし
日本人はアジアで一目置かれる存在になった

朝鮮人にとって日本名を名乗ることは
満人・漢人・蒙人を見返して、下に置くことができる方法の一つだったのである

また
現在はハングルで表記することでごまかしてはいるが
近代の朝鮮人の名前は中国式である
中国の属国時代にすでに改名させられ済みなのである

その前のモンゴル統治時はモンゴル風の名前だったらしいし
朝鮮半島の古代王朝は漢字二文字姓だったらしい

それゆえ
朝鮮人の中には強制された中国式の名前を捨て日本名にし
脱中国せよ!
と運動していた人もいた
代表的なのは朝鮮近代文学の祖と言われる李光洙(日本名 香山光郎)である

また、当時、改名の審査のゆるさは朝鮮人だけの特権であり
台湾人などその他の民族の場合かなり厳正な審査があり、ほぼ通らなかったらしい
(このあたりは日鮮同祖論などの日本の姿勢が背景にあると思われる)

そういうわけで
「改名」
日本人の名前になって安易に有利な立場になりたい朝鮮人
もしくは
本当に心から日本人になりたかった朝鮮人
が行った行為であり
何ら強制されてはいないし
朝鮮人の名前に誇りを持っている人々は全く改名していない


ちなみに統計によると創氏改名時の朝鮮人の改名は9.6%ということである
9.6%で
強制された!民族浄化だ!
というのもおかしな話である

だいたいの歴史書では
創氏と改名をいっしょくたにすることで数字をごまかし
「ほぼ100%の朝鮮人が強制的に日本式に創氏改名させられた」
わざと誤解を受けるように書いてある

確かに創氏と改名を足すとほぼ100%になるが

先に言ったように創氏では朝鮮名そのままの人も多数いるのだが
朝鮮名でも日本式の戸籍に変えたからといって日本式にさせられた数に入れているのである

創氏改名を一緒に語る学者に要注意!
である

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