祇園祭
祇園祭は17日の山鉾巡行ばかりが有名だが
実は七月丸々全部が祇園祭である
簡単にスケジュールを書くと
1~5日吉符入り
1日長刀鉾町お千度
2日くじ取り式・山鉾連合会社参
7日綾傘鉾稚児社参
10日幣切・神用水清祓式・お迎提灯・神輿洗式
10日~14日鉾・山建て
12日~14日曳き初め・舁初め
13日長刀鉾稚児社参・久世駒形稚児社参
14日宵々々山
15日斎竹建て・生間流式庖丁・宵宮祭
15日宵々山
16日献茶祭・豊園社御真榊建て
16日宵山・日和神楽・あばれ観音等々
17日山鉾巡行・神幸祭
20日花傘巡行宣状授与式
23日煎茶献茶祭・オハケ清祓式
24日花傘巡行・還幸祭
25日狂言奉納
28日神用水清祓式・神輿洗式
29日神事済奉告祭
31日疫神社夏越祭
とけっこうたくさんあるのである
(さらに細かい行事も色々・・・)
いつかは全部見てみたいと思いながらも
近くに住みながら、未だに一部しか見ていない・・・

↑船鉾(全然鉾じゃない気がするが)
ここで注目なのが「還幸祭」
祇園祭の発祥を見てみるとわかるのだが
◎祇園祭の由来と歴史
平安時代前期の869(貞観11)年、京で疫病が流行した際、広大な庭園だった神泉苑(中京区)に、当時の国の数にちなんで66本の鉾を立て、祇園の神(スサノオノミコトら)を迎えて災厄が取り除かれるよう祈ったことが始まりとされる。
応仁の乱(1467-77年)で祭りは途絶えたが、1500(明応9)年に町衆の手で再興された。以後、中国やペルシャ、ベルギーなどからもたらされたタペストリーなどを各山鉾に飾るようになった。これらの懸装品の豪華さゆえに、山鉾は「動く美術館」とも呼ばれる。江戸時代にも火災に見舞われたが、町衆の力によって祭りの伝統は現代まで守られている。
(京都新聞祇園祭特集より)
実は僕がよくお手伝いに行っている近所の神泉苑が祇園祭の起源なのである
いつごろから祇園社(八坂神社)主体になったのかはよくわからないが
たぶん1500年に復興されたときあたりではないだろうか
還幸祭では三基の神輿が四条御旅所から出発、三条会商店街にある三条御供社を回り、八坂神社へ還る
この三条御供社はめちゃちっちゃい神社であるがなぜここに神輿が全部来るのかというと
『三条御供社は平安京の神泉苑の南端に位置し、池のほとりにあった。』
という設定であるからである
また、三基のうち一基と馬に乗った八坂神社神主さんが神泉苑を訪れ
神泉苑住職と共に祈祷もする
今でこそ神主と住職が一緒に祈祷すると変に感じるが
葬式は仏式でやっても初詣は神社に行く日本人
もともと仏教と神道はそんなにかけ離れたものではなかったと思われる
明治の神仏分離令や廃仏毀釈、敗戦による価値観の破壊によって作られた今の感覚の方が実は間違っているのである
しかし、今年は雨が長いから
鉾立も何もかも大変だなぁ
今日もけっこうな雨だし・・・
せめて宵山・巡行だけは晴れになるといいな(^.^)

↑雨なのと平日なのとでけっこう人少なくて快適でした
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